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札幌地方裁判所 昭和24年(行)44号 判決

原告 佐藤長松

被告 北海道知事

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対してなした別紙目録記戴の行政処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告はその所有の北海道上川郡温根別村字温根別三千五百十番地の一、畑二町八反五畝中現況地目水田六反畑一反を訴外小菅生仙重に賃貸小作させていたが、昭和二十二年九月十八日被告に対し農地調整法第九條第三項により右賃貸借契約解約許可申請をしたところ、被告は(イ)昭和二十三年二月二十七日附子調整第二二号指令を以て原告の右申請を許可する旨の処分をした。よつて原告はこれに基いて訴外小菅生仙重に対し昭和二十三年四月二十三日右賃貸借契約の解約を申し入れた結果、右契約はその一年後の翌二十四年四月二十二日の満了とともに終了したにも拘らず、右訴外人は右賃貸借農地を原告に返還しないので、原告は旭川地方裁判所名寄支部に右農地の占有を執行吏に移す旨の仮処分命令及び右訴外人が右農地に立入ることを禁ずる旨の仮処分命令を申請し、前者については同年五月十三日に後者については同月十八日に夫々その旨の仮処分命令を得たのである。

ところが被告は原告に対し、(ロ)昭和二十四年六月一日附丑調整第二四六八号指令を以て「昭和二十三年二月二十八日附子調整第一二二号指令による許可は表示の錯誤により取消す。原告の申請は許可し難い。」との趣旨の処分をし、次いで(ハ)昭和二十四年六月十日附丑調整第二九〇一号指令を以て、「昭和二十三年二月二十七日子調整第一一二号指令によりなした許可処分は、「許可し難い」との原本を淨書に際して「許可する」と誤戴し、「昭和二十三年二月二十八日子調整第一二二号指令」となすべきを、「昭和二十三年二月二十七日子調整第一一二号指令」と同じく誤戴したとの理由で、昭和二十三年二月二十七日子調整第一一二号指令を取消す。」旨の処分をし、それと共に(ニ)日附を遡らせた昭和二十三年二月二十八日附子調整第一二二号指令を以て「原告の申請は許可し難い」との処分をし、右各指令書はその頃原告に送付された。

ところで被告のした右(ロ)乃至(ニ)の各処分は次の理由でいずれも無効である。即ち、

(一)原告が被告から最初うけた(イ)の処分は昭和二十三年二月二十七日子調整第一一二号であるのに、(ロ)の指令では昭和二十三年二月二十八日子調整第一二二号指令を、(ハ)の指令では昭和二十三年二月二十七日子調整第一一二号指令をそれぞれ取消すというのであつて原告はかかる指令をうけたことはないから、(ロ)及び(ハ)の各処分はいずれもその取消すべき行政処分が存在していないため、その内容が不能であるから無効である。

かりに(ロ)及び(ハ)の各指令で取消の対象としているが、(イ)の処分であつて、ただ(イ)の処分を表示する際にその日附と指令番号を誤つて表示したのであり、かつ(イ)の指令書はその原議に許可し難いとあるのを許可すると誤戴したとしても

(二)行政処分はその表示に誤りがあつても、その誤りであることが社会上の普通の見解では外部から認識しえない場合には、表示されたところに從つて効力を生ずるのである。本件について見ると、(イ)の指令書の文面が淨写の際に誤戴されたことはその文面自体から認識することは出來ない。從つてその表示されたとおりの許可処分として有効に成立したのである。而して農地調整法第九條第三項に基く知事の許可はこれに基いて農地の賃貸人が有効に賃貸借契約の解除若くは解約をすると、賃貸人は所有権に基く使用收益権を回復し他方賃借人は賃借権を失う等の賃貸借当事者の権利義務に多大の影響を及ぼすばかりではなく、知事の許可を得ずになされた農地賃貸借契約の解除解約は無効であるうえ、かゝる場合に於ては賃貸人に刑罰が科せられる等の点からみると、絶対的確定力を有し、後日の取消修正を許さないものである。

(三)また行政処分の表示に誤があつた場合に後日その誤を正誤しても、正誤は遡及効を有するものではなく、ただ当該行政処分を將來に向つて変更するにすぎない。本件についてみると、(ロ)の処分によつて(イ)の許可指令の表示の誤りを正誤したとしても、そのなされた日附である昭和二十三年六月一日以降(イ)の許可指令を不許可指令に変更するにすぎないのである。ところが原告は(イ)の許可処分に基いて訴外小菅生に本件農地賃貸借の解約を申し入れた結果右賃貸借契約は確定的に消滅したことは前述のとおりである。よつて右契約消滅の後に(イ)の許可処分に変更を加えた(ロ)の処分は何等の効力をも生じないものである。

(四)なお、(ハ)及び(ニ)の各指令はあいまつて(ロ)の指令と同一の内容を有するものであるから右の述べた理由のほかこの点でも何等の効力を生じないのである。

と陳述し、被告の主張に対し、

行政処分に於てその原議が作成されたのみでまだ外部にそれが表示されていない間は行政機関の内部的意思決定があるに止まり、これが外部に表示されて初めて一定の法律効果を発生するのだから本件に於ける指令書の交付とゆう表示行爲は單なる事実行爲ではない。と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中、原告がその主張の土地を所有し、その主張の部分を訴外小菅生仙重に賃貸小作させておつたこと、昭和二十二年九月十八日被告に対し農地調整法第九條第三項により右賃貸借契約解約許可申請をしたこと、被告が原告の右申請に対し原告主張のような各指令書を原告に交付したこと、及び原告主張の各仮処分命令の発せられたことはいずれも認めるが、原告主張の各指令書の交付により夫々独立の行政処分がなされたことは否認する。その他の事実は知らない。被告は原告に対して昭和二十三年二月二十八日附子調整第一二二号指令により原告のした右申請は許可しない旨の処分をなしたのであるが、原告に送付する指令書を作成するに当り淨書係が、処分原議の指令番号「第一二二号」を「一一二号」と、本文の「本申請許可し難い」とあるのを「本申請を許可する」と、処分月日「二月二十八日」を「二月二十七日」と誤記し、これを原告に送付したので眞実の処分とは異つた通知が爲されたわけである。その後被告は右の誤を発見したので昭和二十四年六月一日丑調整第二四六八号指令(原告主張の(ロ))を以つて前の誤つた通知を取消し不許可処分の通知を爲したものである。ところが右通知は不許可処分の日附の点で不完全であり且つ右通知しまた番号及び前指令の日の記戴に誤があつたものと誤信し原告主張の(ハ)及び(ニ)の通知を爲したものである。而して本件においては行政行爲としては昭和二十三年二月二十八日原告の申請に対する不許可処分が爲されただけで原告主張の各指令書の交付は原告に対する通知又はその通知の誤りを取消訂正する通知であつて單なる事実行爲にすぎず、夫々独立の行政処分ではない。そして單なる事実行爲は行政処分自体ではないからこれを自由に取消訂正しうるものであつて原告の本訴請求は理由のないものである。と述べた。(立証省略)

三、理  由

原告がその主張の農地を所有し、訴外小菅生仙重にその一部を賃貸小作させていたところ、昭和二十二年九月十八日被告に対して農地調整法第九條第三項により右賃貸借契約の解約許可申請をしたこと、及び被告がこれに対して原告主張の(イ)乃至(ニ)の各指令書を原告に交付したことは当事者間に爭がない。而して証人小野兼吉の証言により成立の認められる乙第三号証と証人小野兼吉、同藤本喜久子、同石井啓子、の各証言とを綜合すれば、原告の右解約許可申請に対する被告の決裁をへた指令の原議は原告の申請は許可し難いというのであり、その指令番号及び作成日附は昭和二十三年二月二十八日子調整第一二二号であるべきであつたが、指令書の作成に際して北海道廳の淨写係及び受付発送係の職員がその指令番号、作成日附及び本文をすべて誤載して形式的にはかしのない(イ)の指令書を作成し、これが原告に交付されたが、その後北海道廳に於て右の誤に気付き、これを正すために(ロ)の指令書を発したのであるが、(ロ)の指令書に於ても(イ)の処分を誤つて表示したので更にこれを訂正するために(ハ)の指令書をまた原告の本件申請に対する被告の不許可処分は元來昭和二十三年二月二十八日附子調整第一二二号指令であることを明かにする趣旨で(ニ)の指令書を夫々発したということが認められる。

さて右各指令書の交付の効果について爭があるので、先ずこの点について考える。行政処分の要素である行政機関の意思表示は、單に行政機関の内部意思決定があつたのみでは成立せず、これが外部に表示せられて始めて意思表示としての効果を生ずるものであると同時に、意思表示がなされたか否かはすべて外部に表示されたところによつて判断さるべきである。本件についてみると、前記原告の申請に対する被告の不許可の原議について被告の決裁をへた段階ではまだ被告の内部意思決定に止まり、その意思表示としては成立しておらず、これに基く指令書の作成交付により外部に表示されて被告の意思表示が成立し効力を生ずるのであるから、前記の原議が被告の決裁をへた時に被告の行政処分が成立し、指令書の作成交付はその通知をする單なる事実行爲であるとの被告の主張は採用できないし、右(イ)の指令書についてみるとこれは形式上はかしなく作成交付されたのであるから、これに表示されたとおりの被告の意思表示がなされたとみるべきであり、右指令書の作成交付により原告の本件解約許可申請に対して被告の許可処分がなされたと解するのが妥当である。しかしながら右(イ)の指令書にはその原議との間に前記の不一致があり、これは所謂表示の錯誤であつて、一般の私法上の法律行爲と異り、公の権威を以てなされる行政処分にあつては表示の錯誤があつても、そのため当然無効となるのではないが、このようなかしのある行政処分は取消しうべきものと解される。

もつとも原告は本件(イ)の許可処分は右のかしがあつてもなお取消しうべきではないと主張しているが、その理由とするところのうち、先ず農地調整法第九條第三項の知事の許可処分は絶対的確定力を有するとの点について考えるに、絶対的確定力とは判決に於けるように、たとえかしがあつても取消せない効力をいうのであつて行政処分中このような効力を有するものは裁判と同じく法律上事実上の爭について判断をする処分に限られるが、農地調整法第九條第三項の知事の許可は何等法律上事実上の爭について判断するものではないから絶対的確定力を有するものではない。よつてこの点に関する原告の主張は採用できない。また原告は(イ)の許可処分に基いて訴外小菅生仙重に対して本件賃貸借契約の解約を申し入れ法定の期間の経過により右契約は確定的に消滅しているから、(イ)の許可処分の効力に後日変更を加えることはできないと主張している。しかし、ある行政処分に基いて種々の法律関係が発展形成されても、これらの法律関係は基本となる行政処分の有効に存在することを前提としているものであつて、その行政処分が取消された場合にはこれらの法律関係はすべて消滅するものであり、行政処分が取消しうべきものかどうかは処分自体によつてきまり、これに基いて如何なる法律関係が形成されたかによつて左右されないのである。(但し公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのある場合は例外とすべきであろうが本件はこれに該当するとは認められない。)本件についていえば本件賃貸借契約は何も原告主張のように確定的に消滅したのではないので、原告主張のような(イ)の許可処分に基いてその主張の法律関係が形成されたから(イ)の許可処分の効力は後日の変更を許さないとするのは論理の順序をとりちがえた見解で到底採用に價しない。以上のべたとおり(イ)の許可処分は取消しうべきものであつてその取消を妨げる理由はないと考えられるのである。

さて(ロ)の指令に於て取消の対象としている処分は(イ)の指令と異る表示をされているが、弁論の全趣旨により認められるように原告のなした農地調整法第九條第三項に基く許可申請に対し被告のした許可処分は本件(イ)の指令のみであること、あるいは(ロ)の指令で取消の対象としている処分の表示が(イ)の指令の表示とよく似ている点から(ロ)の指令では(イ)の指令を取消していることが一見して明かである。そして(イ)の指令が取消しうべきものであることは前述のとおりであるから、これを取消すとともにあらためて原告の本件許可申請に対して不許可の処分をした(ロ)の指令には無効とすべき欠点はないといはなければならない。更に(ハ)及び(ニ)の指令は前に認定した趣旨のものであつて、原告の本件許可申請に対し許可不許可を決するものではないから独立の行政処分ではなく(ロ)の指令と重複するものでもないから、原告の(ハ)及び(ニ)の指令は(ロ)の指令と重複するから無効であるとの主張は採用できない。

以上論じたように本件各指令の無効である理由として主張するところはすべて採用できないから、その無効の確認を求める原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 斎藤敏之 矢吹幸太郎 石沢健)

(目録省略)

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